以下は、ヴァルター・ホルツアップフェル「魂の保護を必要とするこどもたち」中、自閉症、ダウン症に関する記述部分の試訳です。人智学的観点からこうしたテーマを扱った研究の翻訳はいまだに余り見られないように思います。不十分なままであることを重々承知の上、それでもこの内容の意義を考えた時、何らかの手がかりを求めていらっしゃる方への一助となればと思いアップすることにしました。お読みいただく方は、その旨ご理解下さい。(訳者:伊藤壽浩、伊藤良子)

 

 

W 自閉症児

 どんな子供も謎に満ちているが魂の保護を必要とする子供の場合,その謎は取分け大きい。通常、子供の内的状況に入り込むことで解決への糸口が見出せるが、自閉症の子供の場合まさにそれこそが困難なのである。そうした子供達には不可解な振るまいが非常に多い。彼らにとっては他の人間とのコンタクトを持つ道が閉ざされているかのように見えるが、そうした振る舞いをする彼らを前にした私達もそれと同じほど大きな困難をまず強いられることになる。

 魂の保護を必要とする子供達においても本来の霊的な存在の核は純粋なものであり、道具としての身体の障害ゆえにその振る舞いは通常とは異なるものとなってしまうので、無傷の霊性も充分にその姿を現すことができないのだ、という考えは彼らについて考えるとき基本的な助けとなる。身体的な道具の不完全さは子供達の外見、身体の歪、動き方、新陳代謝の異常さなどに現れる。私達はかつて音程のずれたピアノしか弾く事の出来ないピアニストの像を用いたことがある。

 しかしこうした道具が正常に見えながら、子供の振る舞いの中に最重度の障害が示されている場合はどうだろう。目の前にいる子供の外見に気になる所がないばかりか、むしろ素晴らしいといえるほどに形作られ、明白に知的で思慮深い表情を持っていながら、その内面生活に関しては皆無か不可解な断片しか伺うことが出来ないとしたら?話すことは出来るが話さない子供;聞くことが出来、見ることができるのにもかかわらず、始めてあった人にはつんぼで盲目であると思わせてしまうように振る舞う子供。魂の保護を必要とする子供達がとりわけ敏感に感じる人間的な触れ合いの総てに背を向ける子供。魂の保護を必要とする子供達が、その不完全な可能性の中から克巳することのできるものを引き出そうとするのに対して、何の問題もない能力を使うことが出来ないか、もしくは使おうとしない子供。ここではピアニストが外れた音しか出すことの出来ない不完全な道具という像は最早相応しくない。ここでは明らかに正しく調律されている楽器に背を向けて不可解な理由からそれを使うことを拒否している像に替える必要があるのではないだろうか。

 この最大の謎を我々に課す子供達が「自閉症児」と名づけられている。この名前はその本質と確かに完全には一致してはいない;しかし「知覚障害児」「精神病理児」といったそのほかに提案された呼び方もやはり同様である。それゆえ取合えずこの最初の名前に留まろうと思う。「自閉症」という名辞はもともとチューリッヒの精神病医E.Bleuerによって成人の精神分裂病が実社会(Wirklichkeit)と乏しい接触しか持つことが出来ないことを表すものとして用いられた。

 第2次世界大戦(194344)の間に其々アメリカとウィーン在住の二人の医師が、各々独自に類似した子供の病気に「自閉症」という名を選んでその観察を公表した。Asperger(ウィーン)は障害のより軽い形態を「自閉的精神病」として著した。Kanner(Johans Hopkins University)は「小児(fruehkindlich)自閉症」として後ほど主に取り扱うことになるより重度の形態を著した。

 後になって他にも更なる形態が区別される:例えば小さな子供の厚遇?入院?(Hospitalisierung)等における人間的な関係の欠如へのリアクションとして現れることがある「精神発生的自閉症」;脳障害が主原因の「脳機能的自閉症」、等など。これらの形態はしかし多岐に亘る中間的症状によってお互い結びついている。

 そのような子供達と実際に関わろうとすると厳格に類型化することがいやでも疑問となる。其々が独自の例なのだ。そして総てに共通しているものはとりわけ謎めいていて掴み難いのである。

 この現象に近づくためにはKannerの自閉症的主症状の叙述から始めるのが一番である。後には更なる観察と考察が続く。

 第一の主症候である本来の「自閉症」である人間的環境からの隔離は、しばしば誕生した年からすでに見ることが出来る。子供が母親の眼差しに微笑を返さない;母親が子供を抱こうとしても手を伸ばさない。他のケースでは成長は妨げられること無く見えたのが、―大抵2歳から3歳の時―自閉症的なふるまいへと一転する。子供達はとりわけ人間的なものを他の人間の中に見ようとしない。かれらは部屋を突っ切って歩く道を邪魔していて、これを除けるか、あるいはよじ登らなければならない対象のようにしか他の人間を見ない。この対象としての人間は椅子の代わりにもなることが証明される。自分を表現できるように随分と改善した子供が先生の膝に座ったとき「おまえは僕の駐車場だ」と言った。このような冗談としてではない発言の中にさえ人間に対する機械的な理解が響き渡っている。−先生の手は道具として使われる:子供は先生の手を欲しいものを掴む為に導く。子供達は眼を合わせることを避ける;彼らの視線は他の人間をすり抜け、あるいは無視する。彼らは持ち合わせた言語能力を理解のための道具として用いることはしない。なぜなら会話の出来るような存在としての人間は彼らにとって存在しないのだ。本来の人間的なものの無視が余りにも目に付くので、「人相認識の障害」と思われたことがあるほどだった。

 人間的な関係の欠如と一見矛盾するかのような親密な繋がりを母親やそのほか世話をしてくれる人物に対してしばしば見ることができる。その非個人的な性格の為に「共生」と名づけられる。子供達は自分たちの食べるものや着るもの、習慣等などに対する欲求の総てを知っていて、それらを満たしてくれる介護者を全面的に頼っていて、彼らなくしては全くお手上げなのだ。それは健康な赤ちゃんや幼児がまだ自立できていない状況に似ている。しかしそこでは微笑んだり、注意を向けたりと言ったことの中に、すでに個人的な関係が表現されているのだ。

 第2の主症候は不安から同じ状況を保とうとする(sameness)ことである。慣れ親しんだ時間的、空間的な秩序へのどのような変化に対しても現される不安な反応を見ることが出来る。家の中の家具の配置、棚のおもちゃの並べ方は変えられてはならない。朝食では例えばジャムは子供の右側になければならず、黄色のものでなくてはならない。散歩はいつでも同じ道を通らねばならず寄り道は彼らに大きな興奮を呼び起こす。健康な子供達が他の人間と関わることで世界の中の自分を確認するのに対して、彼らにとってはあたかももっぱら物的環境との関係が重要であるかのようである。その際注意は物の量的関係に向けられる。例えば靴や雑巾あるいはクッキーといった対象物はその本来の意味あいを無視して抽象的なの繋がり中に置かれ、例えば長い列に並ばされる(?31頁中程)。特徴的なのはその左右対称に対する感覚である。ある8歳の男の子は農作業ズボンの右側のボタンを一つ無くして以降、左側のボタンも決して留めようとしなかった。Mueller-Wiedermannはその啓発的な研究で自閉症児の空間的な整理に言及して次のように書いている:「私達のところの子供の一人は毎朝家の棚から靴を全部取り出すと、左右ばらばらにして左の靴を長い廊下の一方の端に、右の靴を反対の端に一日中並べるのだ。その際其々対応する靴のつま先は正しく対称的に揃えられる。自閉症児においてこうした対称的秩序は積木や色のついたおもちゃ、対称形のおもちゃの場合でも中心から色鉛筆や積木を右側と左側に並べようとする。引出しを閉めるよう頼まれて、その戸棚の総ての引出しが全く同じ位置に来るように引き出した子供の行為もこうしたものに属する。空間的幾何学的に正確な秩序がここでは引出しを開け、閉めるという戸棚の本来の意味内容を犠牲にして脅迫的に満たされる。」

 子供達は閉ざされた場所を好む。それは例えばいつまでも箪笥の中に入っていたり、もう3歳か4歳の子供が揺り篭から離れたがらないといったものだ。またこうした閉鎖性への欲求は抽象的なものへも変化することがあって、外側に存在する規範へと移る。これに対してもMueller-Wiedermannが特徴的な例を揚げている:「この子供達は“閉じた”空間を作り出そうとする。そこでは事物の秩序が完全であり、そしてそのことが確かさを生み出すのだが、人間同士の志向や意味は締め出される。こうした例は幾らもある。例えば積木で隙間ない列や輪を作る子供がいる。この子は他の一人の子供がその皿をグループマザーに手渡した瞬間にテーブルから突然飛び上がって自分の皿をその子供の前に置いたのだ。このテーブルの皿が作る輪の秩序が乱され(“穴”が空く)、この子供が自分の皿で閉じた輪を再び取り戻したのである。」

 子供がもっている変化へ対する不安は廻りを取り巻く生を持たない物たちとの密接な関係と直接に繋がっている。電気のスイッチ、万年筆、おもちゃの自動車、空き箱、積木、等など、は抗うことが不可能なほど彼らを魅了する。その一方で他の人間は彼にとって興味がないだけでなく、既に述べたように人間として彼にとっては全く存在していないのである。これらのものから何を選ぶかについては様々である:ある子供は万年筆にだけ興味を示し、もう一人の子供のそれはソケットといった具合である。殆ど誰にでも好まれるのが−特に流れる−水である。それに騒音、とりわけうなる掃除機のような機械音に対して彼らは興奮する。Doris Weberは次のように書いている:「我々の患者の中の二人(8歳と9歳)が持っている最大の憧れは換気扇である。二人の少年が両親から換気扇を贈られて以来、二人はその前にいつまでも座って同じように動きつづける様子を見ているのである。」子供達は尋常ならざる器用さを備えていて、自ら決まったバランスと動きの状態を生み出す(?p33)私はそうした子供が画鋲を裏返してバランスを取っていつまでも廻すのを何度も見た:我々大人達が必死になって努力しても出来ないような芸術的なことである。そうした行為の中で子供達は如何なる発展も確立することが出来ない;彼らは永遠に変わることのない繰り返しの中で尽き果てるのである。

 言語発達にはまったく独特のものが見られる。殆どの場合それは遅れ勝ちになる。音色や騒音に反応しないので最初容易に聾唖と勘違いされ勝ちである。多くの場合彼らはしかし話すようになる。その際多くの兆候から言語理解は話し始める時期を遠く遡るものと推測することが出来る。こうした話さない子供達はおしではない。彼らは話す能力を持つのに伝えると言う欲求がないので話さないのだ。こうした言語能力を持ちながらの沈黙はMutismusと呼ばれる。

 長期間にわたってその言語はたんにこだまのような口真似(?echolalieartigen)に留まるかもしれない。そうしてもし子供達が独自に表現することを始めると、その内容はしばしば言葉遊びのようなものとなり、伝達するという性格をまだ持つことはない。こうした時、オリジナルな言語形成が生まれる。例えば一人の男の子が自分の下痢の症状(Durchfallserkrankung)を「お腹のくしゃみ(Bauchschnupfen)」と呼んだ。新しい言語の組み合わせやその形成の能力をAspergersの精神病者は持っている。そしてついにその言語が他人への伝達として使われるようになってもモノトーンで機械的な感情に乏しい言語のあり方が目立つ。

 子供達は「私」という言葉に対して大きな困難を持っている。通常の子供の場合、自我意識の発達の中で自分自身に対して「私」と呼ぶことで示されるような地点は全くないか、さもなければ非常に遅れる。「私」という主語への途上で「主語の取り違え」という特徴的な表現が登場する。子供が先生に例えばこう問うことがある:「私はあなたに何をあげるの?」しかし子供が思っているのは「あなた私に何くれるの」なのだ。私とあなたという一人称と二人称に関わる代名詞が取り違えられる。この現れについてはその他の混同現象との関係で再び触れる。

 「私」という言葉に対する困難が自我意識の発達における深部にまで至る障害に端を発しているように、同様にながきに亘ってその使用が忌避される「はい」という言葉は世界との関係の障害を示している。子供達が「否」という言葉を問題なく使っていると言うことは、「はい」という概念も彼らは知っているはずである。言語利用に際しての否認、拒否の優先を既に述べた持てる能力の「否認」や非−使用とパラレルに見ることが出来る。

 子供達がもし5歳になるまで言語を学ばないようであればその後の発達に対する不適当な兆候である。こうした子供達の発達の可能性はそもそも非常に様々である。数年のうちに治療の影響で明らかな程度にまで快方へ向かう。ここで自閉症として素描しているのは標準的なあり方を示すことが出来るだけである。一人一人の子供達は其々のあり方をしている。

 Kannerはその調査において自閉症児のほとんでが知的な家庭に生まていることを発見した。父親達はエンジニア、医師、法律家などなどといった高尚な職業を持ち、母親の殆ども職業のための学業を追えている。しばしば両親ともが研究者である。Kannerはこれをもって知的な両親が持つ「感情的不感症」的な性格が自閉症の発生原因のひとつとして見ることが出来るとしている。環境がもたらす魂的な前段階と現実の子供達が持つ本来的な異常との間のそういった関連をいかに理解することが出来るかはすでに第1章ですでに取り上げられた。今日のデータでは知的な職業を持った両親が多いとはもはや言えない。あらゆる職業が登場している。しかし魂の知的な理解が既に総ての職業層を貫いているといわざるを得ない。

 今日的な研究においては多くの自閉症児において見られる脳障害がその原因としてますます前面に押し出されている。しかし年少児の脳障害は残念なことにそもそも非常に多く見られるようになっているので、なぜ幸いにも彼らのうちでわずかな子供達だけが自閉症になるのかと問わざるを得ない。−勿論遺伝の比重は大きい。しかし一卵性双生児の一方が健康であり、もう一方が自閉症となるケースは遺伝の役割に矛盾する。

 また生化学的な研究も行われている。たとえば蛋白質と亜鉛の新陳代謝障害が認められている。新陳代謝の意味合いについて、Zoeliakieと名づけられる子供達の重度の消化不全症が自閉症的な振る舞いを生じさせることがあるとも言っている。

 自閉症の謎を解く多くの研究成果が待たれるところである。しかし前述した現象からこの解決がどういった方向で求められるべきか読み取ることが出来る。これについては以下の章で詳述する。

X 自閉症児の根底には何があるのだろうか?

 自閉症児のように他に例がないように見える振る舞いを理解しようと試みるとき、既知のものとの言及を許すような類似の発見が助けとなることがある。

 ヒステリーの子供が閉鎖空間を特に好むことについては既に触れた(第1巻第8章)。自閉症児も揺り篭離れが出来なかったり、戸棚にこもったりといったように似通った形で周りに対して自分を閉ざすのを見ることができる。しかし包まれていると感じようとするこうした傾向が身辺の物的環境な体験を越え出て自分の外側にある列の秩序にまで関わるようになると(32ページ参照)これはもうヒステリーの子供には見られない閉鎖願望の抽象的な過剰な高まりなのである。

 ヒステリーの子供の持っている繊細な感覚は環境を詳しく探知することを可能にする。自閉症児ではそれがテレパシー的な能力にまで高まる。こうした子供が知ることの無いはずの教師の心の中を驚くほど正確に体験することににしばしば遭遇する。彼らは絵画などの特定の能力をこうした意味で特に秀でた先生がそばにいる時にのみ発揮する。一言も話したことのない11歳の少年が彼の非常に文才のある父親の膝に乗ってタイプライターで詩作をすることをある先生が報告している。ある8歳の女の子が「今日ママがやって来る」と確信を持って言った。遠方に住んでいる母親は事実現れたのだった。彼女は急に必要となった外出を利用して前もって知らせることなく寄り道をしたのだった。−こうした例の中にヒステリーの子供達にも潜む能力が殆ど信じられないようなところまで高まっているのが見られる。−ヒステリーの子供のような傷つきやすさや失語症性も自閉症児の場合やはり極端な形で現れる。

 ヒステリーの子供は結局は出来るのに、「私はできない」という特徴的な言葉でどんな場合にもまず身を引くが、自閉症児の場合にはその子の能力では可能なはずの特定の行為を行うことが全く不可能になる(Apraxie)。「私達の小さな患者の中で何人もが、その手を自由に動かして物をつかんだり、それを動かしたり出来るのにも関わらず、とても空腹でありながら決してスプーンやパンを取ろうとしませんでした。何人かの親はこの回避可能な不従順を子供達の前に料理を盛った皿を並べることで打ち破ろうしました。親達はこうした教育的試みを断念せざるを得ませんでした。子供達は−親達が恐らくは正当に考えたように−<料理の前で飢え>てしまったことでしょう。」こうした振る舞いが既に理解しがたいとすれば、次のような例は全く理解することが不可能でしょう:小さな子供の患者は、兄弟が遊びで患者の頭を水の入った容器に沈め、再び引き上げなかったために危うく溺れかけたのでした。子供が自分の体を―この場合その頭を―まるで外から動かすことしか出来ないような生命を持たない物体と感じているのではないだろうか?しばしばその時必要な行為を他の人間の呼びかけで可能になることがある:10歳の少年生まれてこの方りんごが大好きだった。誰かがこのこの前にりんごを置いても誰かに言われるまでりんごをつかむことが出来なかった。しかしりんごを味わうまでには段階を追ってまだまだ更なる指示が必要だった:りんごを口に入れ、噛み、飲み込む。他の子供達は言われるまで階段を上れない、ドアを開けられない、敷居が越えられないなどなど。自閉症児の行為を呼び起こす先生のこうした助けに、ヒステリーの子供の行為を援助する「魂的に愛撫」しながら居合わせる事の嵩じた姿を伺うことが出来る。

 ヒステリーの子供と自閉症児に現れる共通性をまだほかにも挙げることが出来る。その際いつでもまだ理解できるヒステリーの子供の振る舞いが自閉症児では私達の理解ではついて行くことが困難なほどに嵩じる。

 さてルドルフ シュタイナーはヒステリーの子供という現象を死の過程と比較した。ヒステリーの原像として与えられたこの過程を自閉症児においてより高められたものとして考えるならば死線を越えることと比較せざるをえないようなことになるだろう。もちろんこうした比較は言葉通りに採るのではなくなにより必要な機転が採られなくてはならない。ヒステリーの子供は本当に死につつあるわけではなく、その人生が短くなるわけでもない。比較されるのは身体性から抜け出して流れる(第1巻第8章)傾向なのである。自閉症児は死に際してそうなるであろうように霊界へ入りこんでしまったわけではない。しかし自閉症児が私達とは全く異なる世界にいるという意味でこの比較は的を得ている。こうしたことは繰り返し感じられ、自閉症児の理解不能で入り込む事の出来ない状況を示す様々な呼び方で表現されてきた:「ガラス玉の中の子供」(Junker)、「虚ろな要塞」(Bettelheim)「見知らぬ世界」(Delacato)などなど。

 自閉症児の世界は確かに私達が生きている対象としての環境世界なのだが、この世界との関わり方がずれたために私達にとって全く見知らぬ世界になってしまったのである。こうした子供達が世界で体験することは、幻覚と空想という世界に生きている精神分裂症患者に比べてさへ私達の世界とは更に異なっている。

 そうした子供が体験することは死の世界であり、生命を持たない物体との発展がなく同じ事を絶えず繰り返すうちに消耗してしまうような物理的―機械的―数学的に把握可能な関係である。こうした世界から子供を連れ出して人間の世界へと再び導くことが重要である。

 私達はヒステリーの子供の症状の極端な高まりとして現れるいくつかの特徴から出発して自閉症児がいる状況へと近づこうと試みてきた。こうしたことには当てはめることのできない他の特徴もある。例えば既に述べた「主語の反転」(第4章)と比較できるようなものはヒステリーの子供には全く見当たらない。しかし反転の現象は「私」と「お前」を取り替える主語にだけに留まるわけではない。それは非常にしばしば異なった領域に現れ自閉症の特徴と呼ばざるを得ない程でである。こうした子供達の世界はまるで逆立ちをしているようである。それは総てが異なっているだけでなく、私達のこれまでの経験と概念から期待されるであろうものとはいつもまさに逆さまなのである。持ち合わせた能力を行使できないということのなかにすでにそれは始まっている。健全な発達のための総ての前提は与えられているよう見えるのにも拘らず、その発達は非常に妨げられたものとなる。―子供達は人間に背を向け物の世界へと向き直る;人間と物のの役割が入れ替わったように見える。―彼らは痛みを示すことなく自分を打ち、傷つけることが出来るのに、彼らの環境の変化に対しては最大級の痛みを示す。―自分の身体性の体験もその関係が反転する。直立する人間形姿は上と下、上昇性と重さの対極性によって方向付けられている。頭と中枢神経は上昇性(脳は脳水に浮かんでいる)の内に生き、重さから抜け出ている。その他の器官―とりわけ足のドーム構造―は重さとに対処するように作られている。こうした関係性も自閉症児の場合取り替えられている。彼らの多くは労無くいつまでも逆立ちをする。反対にむしろこうしたポジションを楽しんでいるように見える。その代わり足を重さから解放してつま先で歩いたりかけたりする傾向は広く行き渡っている。―独特な反転現象がDoris Weberによって次のように記されている:「一卵性双生児のG.ハイジとブリギッテのうち3歳のハイジは噛むことが出来る(個々の言葉を話せるようになった頃)、しかし4歳半のブリギッテにはまだ出来ない。しかし例えば妹のようにベッドで本当に長い間逆立ちすることができたりと、彼女は多くの場合機械的に本当に巧みなのである。ブリギッテが一切れのりんごかプレッツヒェンを手に持ったまま、それを噛んでいる妹の口元を真剣に見つめることが繰り返しある。しばしばブリギッテは妹の手からりんごを取上げ自分の口に入れる。しかし直に悲しげな叫びで再び吐き出す。ブリギッテはとても噛みたかったのだが出来なかったことがはっきり解る。彼女が妹からりんごを取上げたのはりんごが噛む能力を持っていると思ったからなのだ。」この場合内部と外部私と世界が入れ替わっている:噛む能力を引き出すことは人間から対象物であるりんごへと移された。―時間的な順序が反転することは稀ではない:多くの子供はまず読み書きを覚え(その際何処で学んだかはしばしば不明のまま)その後初めて話すのである。

 自閉症児が大きな一歩を示すものとして動きを模倣する時、しばしば動きの方向を入れ違える:上の代わりに下を示したり、右手でなく左手を動かしたり等など。服を裏返して着たり靴を左右反対に履く。

 私とお前、人と世界、上と下、内部と外部、以前と以後を取り違えるようなこうした逆転現象は何を語っているのだろう?この問いに対する答えはこうした異常な逆転傾向が通常なものとして現れる人体機構内の場所を指摘することが出来たとき見つけることが出来る。そうした場所は存在する。すべてが「逆立ちしている」人体内の領域は頭部自身である。脳はその構造上、上と下、右と左、前と後ろ、内部と外部が入れ替わっている。この方向性の逆転はまず他の諸器官から脳へと繋がっている神経線(?Bahn)の交差から生じている。右半身に関わる交感、副交感的中心は左脳にありその反対もまた層である。上半身に関する中心は脳では下部、中心溝の腋にあり、下半身のそれは上部にある。前方に向いている眼球器官の中心は脳の最後部にある。身体の他の部分(脊髄)では中心に位置して白い物質に包まれている灰色の物質は脳においては周辺に位置し、白い物質を灰色のマントのように包んでいる。

 脳の構造と一定の子供のタイプの特徴的な現れのような非常に異なるものをお互い関連付けることが許されるのだろうか?全く比較不能とは言えない存在領域―形態学的なものと心理学的なもの―がここで結びつくのだろうか?総合的な観察の為には、そのような方法は可能であり必要である。例えばある特定の時代の様式を建築、絵画、音楽、詩、哲学、そして又社会的、政治的諸関係など様々な領域から探って行く場合、私達は類似の方法を用いるのである。ゴシック教会はそうした一つの建築的また形態学的現象であり、ゴシック建築を生み出した様式からはそもそもゴシック時代というものの精神を私達に伝えてくれる言語が語られるのである。それゆえ私達はこう言うことが出来る:自閉症児の特定の振る舞いの中に脳の構造が持つ「様式」が示されている。

 こうした認識から何が得られるだろうか?私達が―全く異なる出発点から―既に自閉症とヒステリー的現象の比較において認識したことに確信を持たせてくれるのである:それは私達が到達する死の世界である。脳は殆ど死んでいる。本来の脳細胞はもはや増えることなく病気による傷害や破壊を再び修復することが出来ないのである。更にその上日々これら数千のの細胞が不可逆的に死滅している。しかし有機的な意味のみでなくこの関係の底にある超感覚的な人体器官に関しても脳は死に属している。人体の生命、運動、行為に働きかける超感覚的な器官(第二章)は頭部から引き出され脳を意識活動の為の死んだ鏡として置き去りにしたのだ。この頭部に相応しい器官が自閉症児においてはある一定の処まで全体に適用しているのである。また超感覚的な器官、とりわけその自我が引き出され既に見たように他の世界へと向けられる。このことから<Apraxie>と名づけられる状態(37ページ)が説明される。子供の自我はその志向を彼が背を向けてしまった身体を使って実現する能力を広範に亘り失ってしまっている。

 自閉症児の共生的な振る舞いにもまた頭がその象徴となる。頭は彼に奉仕し彼が持つ総ての要求を満たす他の体の部分に対して一方的な「共生」の内に生きている。彼は自分をここからあそこへと運ばせる−ルドルフ シュタイナーが言うように「頭は馬車に乗る」−、彼は感覚的な印象を導き、滋養を与えさせ等など。

 そしてシンメトリーの強調も頭ではいわば我が物顔である。頭部とその器官は人体のその他の部分と比べて最も強くシンメトリーに造られている。

 自閉症児が全体としてそのように頭部的な性格を帯びているのに対して、彼自身の頭部は殆ど閉ざされている。脳とそれに結びついた感覚器官の機能は制限され、また変化される。そのことは増えつづける脳障害に現れている。このことはまた感覚障害と理解されている現象にも現れている:「彼らは見ない、彼らは聞かない、彼らは顔相に対する感覚がない。」このことは何よりも感覚器官の「対象に疎遠な(sachfremden Benuetzung)使用」に現れている。

 私達が目を通して世界を把握できると言うことは、この器官が完全に体験の埒外に置かれていることで可能となる。私達は目を体験するのではなく、目を通して世界を体験するのである。これらの子供達には反対の傾向が生ずる。つまりう目自体を器官として体験し、視覚機能が意味を失う。彼らの多くが例えばその目を極端に上方や横下方に(上と横の端の位置)その視線を向ける。その際生ずる圧迫感、緊張感を明らかに楽しんでいる。他の子供達は指で眼球を押さえることで(目穿ち、digito-okulaeres Phaenomen)類似の体験を得る。これらの体験は視覚というよりも触覚、生命感覚、運動感覚の領域である。耳に対しても熱心な耳穿ち(digito-aurikulaeres Phaenomen)類似の体験のずれを見ることが出来る。

 上述した逆立ち(39ページ)でも既に頭がその本来の存在とは異なる、それどころか正反対の力学的な機能が体験されれいる。我々はこれ迄こうした現象を逆転現象として理解してきた。同様に目や耳と言った感覚器官における体験のずれも理解することが出来る。自閉症児現れる現象を其々に異なる形でその本質の何がしかを語ることになる其々の観点から考察することは勿論可能である。−子供が自分自身を「私」と読んだ時、子供の自我意識の発達における決定的な一歩を踏み出すことになる。受肉する自我はその身体にぶつかって目覚め、自らを自分自身にのみ使うことの出来る言葉で表す。こうしたことは健康な子供の発達では2から3才で起こる。目覚めた人格は子供の我を強調してとても強く自分を出すため「反抗期(Trotzalter)」と呼ばれる。−自閉症児ではこの段階が独特の回り道をしたり、或は全く達成できないなど遅れることを見てきた。「自我活動性、自我意識、自我刻印の障害」としてJ.Lutzは自閉症の本質を性格付ける。Van Krevelenは「子供の人格性全体の遅れ」について語り、Boschは生じない或は遅延した「自己および共通世界の構造」を、Bettelheimは「自己性の拒絶」或は「自己性に対する乏しい観察」について語る。これら総ての研究者は同じ方向を示している:

 自閉症児の自我は自分自身を理解しない。それゆえ他の人間の自我を感受することはできない。自閉症的な振る舞いへの急変が2〜3才に始まることが稀ではないということは特徴的である。自我が自己実現への決定的な一歩をなすまさにその時点で自我はそこから背を向け、逆行する発展へと向かう。Th.Weihsは「強大で突然に入りこむ自己の自我覚醒に対するパニック反応」について語る。

 健全な子供の自我は身体性を通して世界へと向かい、そのうちで生きる。自我は身体性の助けを借りて自らの意志を実現する。自我は器官を通して自然や人的環境を知覚し、内的な体験を繰り広げる。この自我と身体との共同に疑問と回答、喜びと痛み、要求と防御といった魂的な体験を触発する。

 自閉症児の自我は自らの身体及び、身体が仲介する世界体験に背を向け、そのかわり生命を持たない世界の中に置かれる。身体との共同及び、それによって生まれる思考、感情、意志における魂的内面性の発達は最も強く阻害される。それゆえこうした子供達は魂のない、どうでもいい、関わりを持たないといったような独特のあり方をする。彼らが感情を見せることは稀である。そして見せたとしても物の世界の出来事との関わりにおいてなのである。繊細に形作られた顔の表情の乏しさはある種の魂の虚ろさを物語り、「妖精の子供」といった命名を生むきっかけとなる。−意志の領域においては衝動の欠如と非能動性というかたちで障害が現れる。努力、発展といったものは絶えて姿を見せることがない。自閉症児には目的意識が欠けている。

 こうした子供達は高い知性を突発的に見せることがあるので、思考の障害もまた存在していることは見逃されやすい。知覚障害や言語障害として理解されているものの多くは実際の所、正しい概念を思考によって見出すことが出来ないことに由来している。思考こそは物の間に関係を打立てるものなのである。思考が介入しないところでは世界は理解不能なカオスに留まる。関係性のない、意味のない、人間の関わりを呼び起こすことの無い様に見えるそういった世界に自閉症児は向かい合っている。Van Krevelenもまた自閉症児の世界を、思考によって活性化されることのない灰色の荒地と呼んでいる。

 一人の自閉症児の母親としての直接的な体験から自閉症に関するもっとも示唆に富んだ本を書いたC.Parkは、乏しい思考能力の内に自閉症的な振る舞いを解く鍵を見ている:「諸体験の基本的な礎石を構成することが出来ない、或はしようとしないことが、自閉症児が持つ根本的な欠陥です。この欠陥は感覚器官に影響し、言語に、活動性や感情生活に影響します。」

 関係を生み出す思考の働きが欠如しているために、自閉症児にとって言語を学ぶこと、物と物との関係を与えるような言葉を学ぶことが困難となる。前置詞や接続詞と呼ばれる、とりわけ小さな目立たない言葉がそれである。「と」という言葉で最も簡単な結びつきを獲得することにさえ長い時間を要する。「下」「上」「昨日」「以前」などという言葉によって示される空間的な関係や時間的な関係を理解することは更に困難である。まして「いってみれば」とか「それにもかかわらず」というような−ジャン パウルにうおれば一つの哲学を秘めた−言葉に至ってはほとんど取り付く島もない。言語のうちに現れるこうした総てのことはしかし本来の言語障害ではない。

 子供は発達の流れの中で、最初は空間的時間的に切り離されている諸知覚に次第に強い結びつきをもたらすようになると F.Affolterは確信を込めて記している。自閉症児の場合こうした繋がりが獲得できないとすれば、「知覚障害」としてこれを語ることはできない。知覚それ自体としては妨げられてはいないのである。妨げられているのは思考によって獲得される概念化が生み出す知覚内容に対する理解なのである。理解へのこの妨げが次の知覚への関係を遮断するのである。ある子供が音源に振り向かないとしても、それは音源から流れ出る音を聞いていないからではない。その子供が聞こえてきた音に概念を結び付けることが出来ないために、聞くことの出来るものは見ることも出来るのだということを知らないからなのである。

 C.Parkはその著書の終わり近くで彼女の自閉症の娘エリーについて述べる中で次のように書いている:「エリーの症候にはどの専門用語が相応しいのかといったことは私にとってたしかに重要ではない。しかしある一つのことは私の考えでは当てはめることが出来ない。私の子供は「障害のある」子供ではない。彼女の能力を超えることがそこここで生じて彼女を混乱させる。しかし彼女を長く観察すればするほど、より良く彼女を知ることが出来、彼女を良く見れば見るほど、この事態が障害ではなく欠如と関係することを強く確信するようになる。ネジは緩んでいるのではなく、無いのだ。」ここでは自閉症児に起こる変化に対するとりわけ深い部分に関する、大変簡略化したものではあるが直感的な表現が示されている。我々はこれまでの詳述の中で症状を解明する中で、人間全体をまとめあげるこの「ネジ」が何を意味するのかを理解しようと努力してきた。ここで取り扱われているのは人間の中心的な存在部位である「自我」である。それは完全に欠如していると言うわけではないが、非常に離れていて、またその向かう方向が余りにも違ってしまっているために殆ど届かないのである。人間の領域に背を向けてしまっている自閉症児の自我を再び人間の領域に取り戻さなければならない。このことが治療の根底にある基本的な考え方である。

 子供の自我に訴えかけるのは私達が見てきたように(第3章)何よりもまず言葉の持つ形成力である。子供自身はまだ話さなくとも彼の周りで良く分節された話し方をしたり、言語的なもの朗唱的なものを子供のもとにもたらすことで、すでに働きかける。子供が話すことを学んだら、彼自身がはっきりと解りやすく話すよう注意しなくてはならない。とりわけ効果があるのは話される言葉に付加される仕草の言葉である。もし子供が霊的な儀式に参加できればそこには治療的な要素がある。そして「目に見える言語」としてのオイリュトミーは大きな使命を持っている。

 自我は24時間のリズムに生きている。障害者施設で可能なような意義深く形作られた1日の流れの繰り返される体験は自我が組み込まれる事の出来る雰囲気を作り出す。朝の行事と夕べの行事、午前中の目覚めた授業要素と午後の構築する時間の心情的な要素を通して1日の中の質の違いが強調される。

 自我は熱の中に生きている。この体験が自閉症児には妨げられている。彼らは冷えに対して殆ど何も感じない。暖かく着衣するように注意しなくてはならない。温かいお風呂、熱いお風呂も助けとなることが出来る。少し高めの(subfebriler)体温はしばしば状態をはっきりと改善する。

 自我は意志のうちに生きている。意志は動きの中で生きる。こうした観点からもオイリュトミーは欠く事の出来ない助けである;しかし同様に子供達に意義深く魂に満たされた動きをもたらす総てのものもまたそうである。

 人体は自我器官の表現である。こうした子供達は自分自身の姿、彼らの「身体の図式」に対して殆ど何も知らないと言うことを繰り返し確信することが出来る。彼らが一人の人間を描こうとすると一つの統合された姿に結ばれることの無い様々な身体部分の集まりが現れる。システム化されたいわゆる「身体地図」は助けになる:「君の左耳を見せて」「右手で左足を掴んで」等など。

 治療に費やされる努力が熱心になるかもしれないが、このテンションは決して直接子供に向けられてはならない。こうした子供に直接エネルギッシュに話しかけたり、彼の目を見つめてはならない。他の人間の自我による総ての動きは自分自身の自我が面と向かうことが出来なければならないひとつの攻撃として働きかけてしまう。その自我が遥か遠くにあるために殆ど存在し無いように見える自閉症児の場合直接の出会いは悲惨な結果を生むかも知れず、自身抵抗することが出来ず更に退行させられるように傷ついてしまうかもしれない。即物的に、静かに、「情緒をはがして」(Asperger)教育者は子供に寄り添うことで子供の自我が近づくことの出来る空間を開けてやるのである。

 

 

Y 人間のいない世界−時代の現象としての自閉症

 「サン ガレンで過ごした少年時代エンゲルブルクから毎週卵売りがやってきた;春には彼の荷籠にはもみの若芽が入っていた。母はそれで蜂蜜をつくった。秋には毎年メルヴィルの農夫が荷車にりんごと梨を運んできた。私達はそれを地下において冬を越した。石鹸とフィヒテの香油はブリュッゲンからの旅人が携えてきた。そしてもちろん毎朝早い時間にミルク缶とバターを持ったミルク屋さんが現れた。

 今ではミルクはパックに入って並べられ、またそうするために殺菌されホモゲンジーレされる。当時(と言うほど古くは無いのだが)切符を売っていたTraemlerの代わりに今では自動販売機で売っている。角の小さなパン屋は無くなってしまった;スーパーディスカウントショップの店員とは世間話が出来ない。そして私にとって世界と繋がる総体であった郵便配達人が都合上私書箱にとって代わられる事で視界から次第に消え失せたしまったとしても何ら驚くことではないのだ。セルフサーヴィスでのコミュニケーションは合理的だがそれにも関わらず無意味なのである。」現代生活の中で進む関係性の崩壊を扱ったAugust Hohlerの記事はこう始まる。最後に彼はこう書いている:「こうしたコンタクト喪失の総体は生活の質を低下させ続け、関係性の喪失の中で人はやがて死滅する。」

 Friedlich Sieburgはニューヨークについてこう書いている:「世界中のどんな町でも与えてくれることの無いこの素晴らしい孤独。しかしこの孤独が逃れることの出来ない生活様式になってしまったとしたらどうだろう?百万の人間が地下鉄の穴からバスへ、駅へ、レストランへ、喫茶店へ、事務所や商店へと目の前を流れて行く。過ぎ行く人に誰一人として最も上っ面な視線すら投げようとしない。人々はきっと両目の間の額に第3の目を持ちいかなる注目も刺激されることがないのだろう。まるで人間が眼差しも身体も持たず、あつれきなく流れに混じり、別れるかのようである。日長1日最強の群衆の時の内にあり、あるいは静かな時間のなかでパークアヴェニューに沿って歩いたり、マジソンアヴェニューを横切って、或はロックフェラーセンター(都市の中の都市)が空になるのを見物するために聖パトリック教会の前に立ったり、いかなるコンタクトの感覚も決して持つことがない、決して視線を受けとめることもない或は−何か荷物を落したり、郵便ポストに走ったり−最小限の興奮を持つ。人々は次第に目を制御し虚空を見つめることを自ずから学ぶ。さもなければ殆どの顔によって目に見えない壁のように取り囲まれて、恐らくこの孤独は耐えきれないであろう。」−ニューヨークではとりわけ凝縮した形で現れているこうした傾向は総ての大都会で多かれ少なかれ明らかに当てはまるのである。

 自閉症児がその素養による内的な条件生きている人間のいない世界が、近代的な生活条件の中で外側から今日の人間に向かってやって来たのである。しかし本当に外側からだけだろうか?こうした生活条件の背後にあるのは人間の思考ではないだろうか?人間の内面から現れる思考はが外的関係を生み出し、それが今や人間に跳ね返ってきたのである。

 孤独、コンタクトの喪失、魂的な貧しさ、最初は理解でき無い様に見えた自閉症児の全体的な振る舞いは、現代の生活様式と内的に類縁関係にあることが明らかとなった。

 こうして我々は自閉症研究の初期に自閉症児の家族へと関心を向けた際に医師や心理学者が注目した知的な意識状態と自閉症との関係へと、再び別の側面から出会うことになる。

 子供の自閉症はそれが我々の時代に発見されたという理由だけから特徴的な時代現象であるのではなく、その中に現代生活が持っている一定の傾向が極端に凝縮しているからでもあるのだ。

 ダウン症の子供が過去の存在様式を我々の時代にもたらしたかのようであったように、現代生活のある一面性がその方向に加速されていったとしたらやって来るに違いない未来への眺望と自閉症児はなりうるのである。そうした意味でこのことは同時に人間的な世界の新たな構築のために共に働くことへの呼びかけともなるのである。

 

 

 

 

 

]X 自閉症と現実

 その異常性が、初期には全く見極められないということが、自閉症児への理解を困難なものにしている。彼らは思いに耽るような表情をした、非常に端整な顔立ちをした子供である場合が多い。この目に見える特徴は、彼らが持っている厳しい障害を持った振る舞いの対極をなしている。本来の問題は内部に隠されていて、子供達の意識の中で繰り広げられているのに違いないのである。

 この病像を最初に記述したカンナーは、二つの特徴的な症状を挙げている:ひとつは周りの人間からの極端な自己隔離であり、いまひとつは周囲の事物を同一の状況に保とうとする不安で強迫的なほどの欲求である。本来の自閉症である一番目の症状は、子供達が他の人間とのコンタクトを受け入れないことこと、そして他人のとりわけ人間的な部分を知覚しないように見えることにある。彼らは部屋を横切る時に除けたり、乗り越えなくてはならない椅子のような対照物として他人を見ているに過ぎない。

 カンナーが挙げる2番目の主症状である状況の同一性への不安げな執着は、彼らが慣れ親しんでいる空間的時間的秩序のどんなわずかな変化にも重度の不安、怒り、パニック状態が生じることに現れている。部屋の中の家具の配置や棚にあるおもちゃの並び方は変えられてはならないのである。例えば朝食のジャムは赤い色でなくてはならず、皿の左側に置かれなくてはならない。散歩はいつでも同じ道を通らねばならず、回り道は激しい興奮を引き起こす。

 子供達は彼らを取り巻く現実に対して通常とは異なった関わり方をする。彼らはこの現実のある部分を知覚しないように見える。既に述べた他人を人間として知覚しないと言う症状にも既に現れている。しかし視覚プロセス自体がそもそも違うものとなっているのである。彼らはある対象を十分な時間見つめ、それを自分の中に定着せずに、それを一瞥しただけですぐに視線をそらしてしまう様に見える。―聴く事もまた違ったものになってしまっている。子供達は言葉や音楽や雑音に全く反応しないので、最初の内、よく耳が不自由だと思われる。

 こうした観察のために彼らは「知覚障害児」とも呼ばれるようになった。しかし知覚障害は自閉症的な振るまいを生じさせるだろうか?その場合、盲目や聴覚障害といった知覚障害児ははっきりと自閉症的症状を示すはずである。しかし事実はそうではない。

 知覚能力は子供の成長のなかで発達して行くものである。小さな子供は確かに眼を持っているが、その眼はまだ世界を捉えていない。フェリツィア アフォルターはジャン ピアジェの研究の延長として知覚機能の発達に対する慎重な研究を行った。彼女は様々な段階に区別している:

  1. 状況を特定する段階:子供は感覚的刺激に対して注意を払うようになる。視覚においては例えば一瞥したり、凝視したり、目を留めたりする。
  2. 内的な状況を作り出す段階:感覚の諸領域間の間の結合が発達する。例えば子供は目にした対象を掴むことをはじめる。見ることの出来るものは触れることも出来るのだということを学んだのである。
  3. 連続させる段階では前後する刺激を結び付け、予想することを可能にする。例えばドアのレバーが下に下がるのが見えたら、子供はドアが開いて母親が現れるのを待つことになる。

 自閉症児の場合この3段階総てにおいて障害が現れる。そして疑い様もなく、そのことで現実との関係が妨げられている。しかし知覚が妨げられているのだろうか?

 私達はそもそもどのようにして現実を把握することが出来るのだろう?まず目と耳とその他の感覚器官によって知覚することを通してである。感覚が関与するほど、またそれがより完全なものになるほど、知覚は確かなものになる。最も完全で何の妨げもない知覚でさえ、現実の認識をもたらすものではないことは、若いシュタイナーにとってすでに基本的な認識だった。完全な現実が把握されるためには、外部から得られた知覚に対して、内部で何ものかを積極的に作り上げなくてはならないのである。感覚器官によって把握された知覚と、思考に対して道を開く概念と言う二つの要素が一緒になって初めて、現実が生じるのである。現実の把握と言うのは創造的な出来事なのだ。その際、内的な要素である概念の形成は、私達の視野から完全に消える。私達はそれと気付くことなく絶えず思考し、概念を形成する。それは私達がいつも私たちの周りにある事物にばかり注目して、その事物へと向けられる思考には注目しないからである。−小さな子供は月を掴もうとする。その子の知覚が妨げられているわけではない。子供は私達と同じように月を見ているのだが、月の概念をまだ持たないので、月が世界の関係性の中にどう位置付けられているのが解らないのだ。

 いつも見過ごされる概念の役割については、それが欠落して、そのことによって世界が不可解なカオスになってしまったとき初めて気付くのである。自閉症児における障害が潜んでいるのはこの状態である。内部から現れるはずの第2の要素は全くと言ってよいほどまだ作られてはいない。認識過程の活動的な面は多かれ少なかれ欠落している。

 知覚内容の加工についての障害、あるいは、「中心的な感覚障害」といったように自閉症児に関して多面的に語られるのであれば、すでに正しい道筋に近いといえる。しかしこの知覚内容を「加工する」という要素が、知覚自身とは根本的に別の方向からやって来るのだということは理解されていない。概念こそがここの知覚内容の意味を解き明かし、一つの意味のある全体へと結び付けるのである。

 如何なる概念も持たない意識にとって世界がどのように見えるかを考えてみれば、これまで謎めいていた数々の自閉症的症候は理解できるものとなる。概念が登場する以前の世界は理解不能な個別の部分の脈絡のないカオスであり、音と色彩と触覚印象等などが織り成す粥のようなものだ。自閉症児は理解できない、意味を失った状況、見知らぬ世界、おぞましい世界の中にいるのである。赤と緑、騒音と静けさ、椅子と人間が全くの等価で意味なく隣あって存在している世界なのである。目的も方向性も意味も肝心なものも脇を飾るものもない世界なのだ。

 こうした意味を失った世界の中で掴ることの出来るただ一つのものは、人が既に知覚し、馴染みのあるものなのである。ジャムが別の場所にあったり、散歩の道が変わったりと状況が変化することでそれらが欠損すると、最後の綱は断たれ、子供は空虚の中へと墜落して行くのである。それゆえに、あらゆる変化に対してとんでもないように見えるパニックや怒りや絶望の反応を見せるのだ。

 子供が施療院に行かされるという時の、所謂「ホームシック反応」もおなじことである。これは本来のホームシックではなく、何一つ取っ掛かりを与えてくれない全く未知の世界を前にした驚きなのである。

 母親や養育者に対する「共生的関係」も、特定の人間との個人的な関係ゆえでなく、慣れているがゆえの繋がりとして説明できる。

 子供が物音に振り向かず、聞こえていないように見えたとしても、それは聴覚が阻害されているためではなく、意味を理解してないためなのである。その子供は物音といかなる概念とも結びつけることが出来ず、それゆえ聞くことが出きるものは見ることも出来るものなのだということを知らないのだ。

 子供が例えばおもちゃを扱う時用いる「事柄に疎い仕方(sachfremde Art)」と名づけられていることもまた、子供がその対象の意味が解らず、つまりそれに対する概念を見つけられないことに起因しているのである。そうした子供は、人形で遊ぶ時、それを人形としてではなく、たとえば壁を作るための構造物の一つとして使う。

 子供は対象物をその質によってではなく、純粋に量的に捉える。それゆえ意味もなく並べることを偏愛するのである:その意味を考慮することなく靴や雑巾やクッキーなど等といったものを手当たり次第に長い列に並べるのだ。そうした子供が既にある程度まで話すことや考えることを学んでいる場合でも、事物の本来の意味、概念、そして概念同士の関連を理解することが困難なことがわかる。テーブルについている子供が「立ち上がるとどうなる?」と問われると「両足で立つ」と答える。「体を切ってしまったらどうする?」と問われると「血が出る」と答える。これらは論理的ではあるが現実離れした答えである。意図せずにほとんど冗談のように聞こえるこうした答えは正しいが、質問の本来の意味を捉えていない。

 他の例を挙げよう:両親が息子を連れてドライブをしようとした。母が言った:「手袋をはめてしまったからお前のマントのボタンをはめてやれない。お父さんにはめてもらいなさい。」子供は父の手袋を持って戻ってきた。彼は「手袋」と「お父さん」を理解したが、その概念的な関係を理解できなかったのである。

 ここの知覚に属する概念を理解する思考が、同時に事物が置かれている関係を明らかにする。多くの調査(Clark,Wing)で目立つのが、前置詞、接続詞、冠詞、疑問詞などと呼ばれるそうした関係性を与えるちっぽけな言葉が、彼らには最も苦手だということである。「と」という言葉による、最も簡単な関係性を獲得するために、長い時間を要するのである。「下に」「上に」「昨日」「以前」といった空間的、時間的な関係を表現することは更に困難である。そして「あるいは」「しかし」「また」「でなければ」「再び」「充分」といった言葉や、ましてや「つまり」「にも拘らず」といった言葉に至っては彼らには全く通じない。これら短い言葉の総てに特徴的なのは、その言葉の中に思考的には大変強く特定できても、知覚内容が少ないか、あるいはまったく抜け落ちているということである。「つまり」や「にも拘らず」を見ることは出来ない。「下に」や「上に」には少なくとも既に知覚との繋がりがある。

 関係性を作り出す部分の思考の行為が欠如しているために全体を見通す可能性もまた抜け落ちてしまっている。子供は今見聞きしているその部分しか理解しない。Kannerまとめた診断検査はこのことに基づいている。この検査では針で子供を軽く刺す。子供がこの場合には針を刺した人物に逆らえば、この子供は自閉症ではない。しかし子供が刺した針や施検者の手に逆らうならその子は自閉症である。同様のことを彼らが足を踏まれた時、踏んだ人ではなくその足に対して怒る際に体験できる。あるいはそうした子供が他の人間の手を取り、その人自身に注意を払うことなく、ただものを掴む為の道具として利用する。

 これら全ての例は自閉症児の現実への関わりが通常とは異なったものとなっているということに気づかせてくれる。しかし感覚(Wahrnehmung)が妨げられているわけではない。ルドルフ シュタイナーは−すでに触れたことだが−現実に対する認識は異なる二つの側からやってくる;対象に関する受動的に受け入れた感覚内容に加えて積極的に生み出された概念が付加されなくてはならないことを指摘している。そしてこの認識過程における積極的な側面こそ妨げられているのです。子供の自閉症は「感覚障害」ではなく「概念形成障害」なのである。

 このように作り上げられた自閉症的状況の像から治療のためのヒントが生まれる。こうした子供達の意義や意味を持たない世界の中に意味や意義を与え、そのことによって支点を定めるものを次第にもたらす。治療教育において「山をより山らしく、川をより流れよく(die Berg berger und die Fluesse fluesser)」表して特徴的な意味を強調するべきであるというKarl Schubertの言葉はとりわけこうした子供達にあてはまるものである。たとえば宗教儀式がそうであるような意義深い出来事への参加もまた強い影響をもつ。「歩行−言語−思考」という発達の流れを考えれば、思考能力の発達のために動き(オイリュトミーなど)や言語を訓練すべきであることが判る。積極性を刺激し、自閉症児の受動的な凝り固まりを和らげるすべてのことが助けとなる。

 ルドルフ シュタイナーが与えた認識−理論的な発端が如何に認識−事実的であるかということが幼児期の自閉症の問題において、明らかになる。謎に満ちた症状がいまや理解できるものとなった。そして治療のために新しい視点が生み出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

]T 自閉症児−2

 自閉症児の共生的な(symbiotisch)振る舞いの特徴を示すのもまた頭部である。その頭部は彼に奉仕し、その欲求を満た残余の身体各部に対して一方的な「共生」の内に生きている。頭部は自分を担わせ、そこからここへと移動させる−ルドルフ シュタイナーが「頭部は馬車を操る」と言ったように−彼は知覚印象を導かせる、彼は滋養を与えさせる等など。

 シンメトリーが強調されていることも頭部ならではである。頭部とその器官は人体のその他の部分に比較して最もシンメトリーに作られている。

 このように自閉症児が全体として頭部的な性格を担っている一方で、彼自身の頭部はほとんどスイッチを切られているようだ。脳及びそれに関連した知覚器官の機能は制限され、変化させられている。このことはますます頻繁になっている脳障害に既に現れている。このことはまた知覚障害と理解されている現象にも現れている:<彼らは見ない、彼らは聞かない、彼らは人相に対する知覚能力を持たない。>このことは何よりも知覚器官の<事態に疎いsachfremden Benuetzung>を表している。

 私達が世界を目で見ることが出来るのは、この器官自身がその際体験の埒外に置かれているからである。私達が体験するのは目ではなく、目を通した世界なのである。こうした子供達の場合には、目自体を器官として体験するという逆転した傾向が見られる。視覚機能がその意味を失うのだ。彼らの多くは例えは目を上や下や左右に極端に視線を向けて(上方と側方の限界位置Endstellung)白目を剥き出しにする。その際に現れる圧迫感や緊張感を明らかに楽しんでいるのである。他の子供達は指を眼球に押し付けること(目穿ち、Augenbohren,digito-okulaeres 現象)同様の体験を得る。これらは視覚ではなくより触覚、生命感覚、運動感覚に属している。耳もまた強度の耳穿ち(Ohrenbohren,digito-aurikulaeres現象)による同様の体験のずれが観察される。

 上述した逆立ち(39ページ)において既に、頭部はその本来の存在とは疎遠の、それどころかそれに逆行するような静力学的状況の内に体験される。我々はこれまでこうした現象を逆転現象として理解してきた(39ページ)。ここで述べた目や耳といった感覚器官における体験のずれも同様に理解することが出来る。自閉症児に現れる現象は、異なる形でその本質を示すような様々な見解から考察することが出来る。−子供の自我意識の発達における決定的な一歩は、子供が自分自身を「私」と呼び始めた時に起こる。受肉しつつある自我は自分の身体性の抵抗で目覚め本人に対してしか使うことの出来ない言葉で自らを表す。健康な子供の発達におけるそれは2〜3歳である。「反抗期(Trotzalter)」と名づけられる。目を覚ました人格は子供っぽいわがままさで自分をはっきりと現すからである。−私達は自閉症児の場合、この段階がいかに遅いかを見てきた。彼らは独特の回り道をするか、或はそこにまったく到達しない。「自我活動、自我意識、また自我刻印の障害」としてJ.Lutzは自閉症の本質を性格付けた。Van Krevelenは全面的な子供の人格の停滞」について語り、Boschは脱落し、遅延した「自己の世界と共有世界の構造」について、Bettelheimは「自己性の否定」あるいは「自己性に対する不充分な知覚」について語る。こうした研究者は総て同じ方向を示している:

 自閉症児の自我は自分自身を理解しない。それゆえその自我は他人の自我を知覚することが出来ない。自閉症的な振る舞いへの急変が2〜3歳で始まることが珍しくないのは特徴的である。自我が自己実現へ向けて決定的な一歩を踏み出す丁度その時期に、自我は自分自身に背を向け、正反対の発展へと向かう。Th.Weihsは「固有自我の絶大で突然の進入に対するパニック反応」について語っている。

 健康な子供の自我は身体を通して世界へと向かい、その中で生きる。体の助けを借りて意志を実現する。その器官を通して廻りの自然や人間を観察し、そこで内的な体験を展開する。この自我と身体との共同の中で魂の体験が問いと答え、喜びと痛み、要求と防御の中で燃え上がる。

 自閉症児の自我は自身の身体及び、身体を介した世界体験に背を向け、その代わりに生命のない環境が織り成す出来事の中に入りこむ。身体性との共同やそこから生まれる思考、感情、意志における魂的な内面性の発達は最も甚だしく阻害される。それゆえ、こうした子供特有の魂のないような、どうでもいいような、関わることのないようなありかたが見られるようになる。彼らは非常に稀にしか感情を現さないが、出す場合には物の世界における出来事との関わりにおいてなのである。繊細に形作られた顔が持つ表情のなさは魂の虚ろさを表し、「妖精の子」といったような命名を引き出している。−意志の領域における障害は衝動の欠如や受身さに現れている。努力や発展はついに見られることがない。自閉症児には目的意識が欠如している。

 偉大な知性の散在的な論拠を見せる彼らに、実は思考の障害も存在していることは容易に見過ごされる。知覚障害や言語障害などとして理解されている多くのものが実は正しい概念を思考を通して見つけることの出来ないことに起因しているのである。思考とは物と物との関係性を構築するものなのである。思考が介在することのない世界は理解できないカオスのまま留まる。関係性のない、意味のない世界、人間の関与を呼び覚ますことの出来ない世界を自閉症児は目の前にしている。Van Krevelenもまた自閉症児の世界を思考によって活性化されることのない、灰色の荒野として語っている。

C.Parkは自閉症児の母としての直接の体験から自閉症について最も啓発的な本を書いた。彼女は思考能力の欠如のうちに自閉症的な振る舞いへの本来の鍵を見ている:<

 

 

 

 

 

 

Z ダウン症

イギリスの医師Langdon Down1866年彼が「mongoloid」と名づけた子供達についてはじめてはっきりとした記述をしたとき、この種の名前のつけ方の背景には精神薄弱になることへの非常に根本的な解釈があった。彼はつまり民俗学的なランク分けを試み、様々な症状を「エチオピア的な」(negloiden)「北アメリカ的な」(indianischen)、「マレー的な」そしてまたこの(mongoloiden)的な特徴がヨーロッパ民族内において再来したものとして捉えた。今日では奇妙に思われるこうした考えの背後に異常性の中に特定の人間本性の一面的な現れを予感していた痕跡を見ることが出来る。

 こうした考えが長らく打ち遣られる一方で、「mongoloid」という呼び名は、これに対する正当な強い躊躇が表されながらも保持されつづけた。モンゴル民族に属する人々の間に生じる感情を思えばこの躊躇は明瞭である。しかし今日もでこの名がこうした子供達に対する唯一のものとなっている。例えば「ダウン症候群」と名づけるとすれば、それは全く表面的な表記となってしまう。なぜなら第一記述者の名前は症状の本質とは何の関係もないからである。「Trisomie21」という呼び方は確かにこの病気のひとつの特徴だが、これは目に見えないものであり、複雑な技術によってはじめて見つけることの出来るものである。それはまた正常な染色体ペアを持ったケースを除外してしまいかねない。そうした理由からここでは相応しい名前が見つかるまでmongoloide児と呼ぶことにしたい。

 Mongolismusは我々の時代になって始めて登場した症状なのか、或は過去の医師達が理解できず、他の症状と取り違えていたためにその記述が遅れたのだろうか。確かに医者の診断法は非常な発展を遂げた。それによって新陳代謝に起因する異なった精神薄弱症状を区別できるようになった。こうしたことは対応できる試験方法がなかった時代の医師には不可能だった。Mongolismusはしかし直接的に現れた姿から診断される。この種の診断において研究成果や機器の助けを今日ほどには必要としなかった昔の医師のほうが勝っている。

 しかしMongolismusのような独特で特殊な人間の異常形態が比較的短い期間に生まれ、新たに登場したのだというのは馴染みのない考えである。まだ何か予期せぬことが私達の生活に現れるかもしれないという可能性を残すことになるという意味で、そのような考えを持つことは不安を生む。生活環境の非常に大きな変化は、たとえそれが世の中をひっくり返すようなものであったとしても、私達はそれを与えられたものとして引きうけている。この場合自分たち自身を変化する原因として認識できるゆえに事態を理解できる。我々が目の当たりにしている身長の伸びや発達のリズムの早まりといった所謂加速化という疑う余地のない事実は、環境や生活状況だけでなく、人間自身やその全容に関わる変化が起こっているということを示している。

 Langdom Downのによる発表の後、Mongolismusの登場に関する知らせはまずイギリスとスコットランドから、そしてまもなく他のヨーロッパ諸国から、そしてついには中国や日本といった他の総ての地域からも寄せられた。この意味でモンゴル民族は予想されたようには特別な位置にいたわけではなかった。こうした子供達の数が19世紀の後半と20世紀の前半に耐えず増加し続けたことには疑う余地はない。しかし今世紀の中ごろから小康状態が、恐らくしかも減少の始まりが現れ、Mongolismusの頻度は新生児の700分の1ほどとなっている。この数字は平均値に過ぎない;例えば1969年のウィーンでは1287とこの数字を裏切っている。

モンゴロイドの子供は年の割に小柄である.全身が充分に形成されていない(ungeformt)柔らかさのうちにある。小さい頭の後頭部は平らで殆ど中断されることなく首のラインに連続している。四肢も短い。頭部が前傾した形に保たれる。足は好んで仏陀座り(Buddhasitz)に組まれ、丸まろうとする傾向が身体形態のみではなく、子供の仕草の中にも見ることができる。関節は柔軟で(ueberstreckbar)筋肉は締りがなく、まるで折りたたみナイフのように体を二つに折って頭を足の間に埋めることが出来るほどである。

 顔面は平らで鼻は小さくボタンのようだ。目軸は傾いており、しばしば内側のまなじりの上に三日月型の皺、所謂Epikanthusが見られる。耳は充分に形成されておらず、下唇が下がって大抵開かれたままの小さな口からは大きな歯が覗いている。

 特徴的なのはその柔らかい「お手て」(Patschhand)である。Mongoloidとははっきりとはわからない子供が手を取ることで初めてそれと解ることがある。そしてその時には間違いようがない。指は短く、中指は他の指と殆ど同じ長さである。小指はその中央の部位の萎縮によって短く、手のひらの方へ曲がっている(Klinodaktylie)。手のひらを横切って所謂Vierfingerfurche(四つの指の溝;直訳)が走る。−足の指では他の指と離れている親指が目に付く(Malaienfuss)

 丸い腹の頂点にはしばしば臍ヘルニアが見られる。心臓とgrosser Gefaesse(大動脈?)の未発達は非常に良く見られる。

 他にも多くの個別事例を挙げることが出来る。変化していないような身体形態や身体機能は殆ど見うけられないほどである;それは細胞構造にまで至る(トリゾミー21)。それゆえMongoloidの子供はそれぞれに非常に似ている一方、その兄弟に似ることがないので、Langdom Downは、この子供達が同じ両親から生まれたのではないと信じることが困難だと思ったほどだった。あたかもひとつの新たな種が誕生したかのようである。しかしこれまでの人種がもともと特定の地域に結びつき、遺伝によって形成されたのに対して、Mongolismusは全世界に遺伝とは無関係に現れる。−他方同じ形態を持つにもかかわらず、その特徴的な諸点の総てを持ち合わせた子供は殆ど見られない。

 1980年代 Mongoloid的人間の特異形態が一定の在り方で解消されるように見られるような二つの傾向が現れた。ひとつには、例えば正しく形作られた鼻や形成された後頭部を持つというような、個的な形姿が明確に刻まれたMongoloidが増えつづけたということ。もうひとつには目立たないMongoloidの目印(Stigmen)が全人類へと広がったということである; <Mikromanifestationen>とそれらは名づけられる。総ての文明化された学校でEpikanthusVierfingerfurcheKlinodaktylieMalaienfusse等を持った子供のいないクラスはほとんどない。Mongoloidとその他の人類との境目は消え去ろうとしている。この出来事の意味は幾ら高く評価してもし足りない。

 Mongoloidの子供の全容を一瞥するとまず目につくのが上部と下部の極の未発達である。頭と四肢は小さく、強く刻印された形態を持っていない(Akromikrie)。それほど目にはとまらない一方で命に関わるのが中間領域の弱さである。とりわけこの病は既に述べたように心臓の異常な発達に働きかける。慢性的な血液循環の弱さから子供達は異常に疲れやすい。また絶えず予防が求められる気管支炎傾向も中間システムの弱さに起因している。

 リズムシステムの肉体的な不完全さに対して、その魂的な対照物である感情生活は豊かに発達している。子供達は総ての人に対して信頼と愛に溢れて向かう。模倣能力とコミカルな能力によって彼らは周囲に喜びを振りまいてくれる。しかし理解されていないと感ずるや、彼らはまた頑固で強情なところも見せる。ちなみにこんにちでは肉体的な表れにも魂の領域でも限りない個的なヴァリエーションがある。

 私達人間存在のほぼ全領域を包含するMongolismusと呼ばれるこの異化の原因は一体何なのだろう。−Mongoloidは通常では46の染色体が47持っているという事実が1959年異なった研究者達によって発見されたとき、それはひとつのセンセーショナルな出来事だった。大抵は胚胞の細胞分裂?(Reifeteilung)異常によって第21染色体が3つ(トリゾミー21)生じる。謎は解明されたと人々は考えた。しかし残念ながらそこからは治療への何の手がかりも生まれなかった。

 もっともこの発見によってMongoloidの子供の誕生を防ぐことが出来るようになった。しかしこのことは治療(Heilung)とは別のものである。胎水穿刺法によってトリゾミー21を確認し中絶することが出来る。受肉しようとする子供の個性は自ら求めたMongoloidの運命と対峙する事を妨げられる。彼らは他の道を探さなければならない。Mongoloidの誕生の妨害が一般的な事実となれば、発達障害の子供達の数が別の場所で増加するであろうことを踏まえなければならない。

 染色体あるいは遺伝子が遺伝伝達者とされるにもかかわらずMongolismusは家系の下っても遡っても事実上遺伝しない。Mongoloidの子供の両親がMongoloidであることはまずない。Mongoloidの男性が父親になった例はない。Mongoloidの女性がMongoloidの子供の母となった例はわずかに数例ある。Mongoloidの兄弟は大変に珍しい。一卵性双生児の双方がいつもMongoloidであるわけではないことは遺伝法則に反している。もっともMongoloidの子供の家系にはMongoloidの特徴が他よりも多く見られる。しかし述べたように直接の遺伝は実際には殆ど無い。

 しかしトリゾミー21の発見はMongolismus研究における重要な1歩だった。この発見は二つの本質的な認識を与えてくれた。ひとつは身体的な発達から逸れるのは考え得るもっとも早い時期、つまり受胎前の細胞分裂においてであること。もうひとつはこの逸脱が細胞核の構造の中にまで及ぶことである。

 家系における関係ははっきりMongoloidの子供と母親にあてはまる。高齢の母親によるMongoloidの出産の多さはふるくから知られていた。20代の母親がMongoloidの子供を産む確率は0.07%、45歳の母親では2%である。後に、母親としての力(muetterliche Kraft)がまだ充分に発達していない非常に若い母親、あるいは病気や過労或はその他の重圧で衰弱した場合Mongoloidの子供が多く見られることが解った。どの場合も年齢、あるいは大きすぎる重荷による母親としての力(muetterliche Kraft)の衰えが問題となる。

 これに対して父親の役割は後退する。母親と同様Mongoloidの特徴が他の場合よりも多く見られるという事に限られる。前述したMikromanifestationenの幾つかを示す二人の人間が両親となることは稀ではない。我々はここで再び本来の病気の像に近づく前状態の前に立つ(第1章)。この事実を確信する研究者がまさにこれらの両親を結合させなければならなかった「未知の個性−、また親近性の要素」について語るとき、すでにそこには運命への問が透かして見える。父親の関与について言えば、定数を越えた第三の染色体は母親だけでなく父親にもよるのである。

 1961年W.KlugeはMongolismusの発生に更なる光を投げかける調査結果を公にした。彼は南アフリカ連邦の黒人(Bantu)の中でMongolismusがどの程度発生するのかという疑問を探った。この地域の医者達へのアンケートでは全く対立する種類の回答がえられた。一方の医者達はBantuにはMongolismusはいないといい、他の医者達は白人におけるのと同じほどいるという。Mongolismusを決して見たことの無い医者達はBantuがKraalenや保護地区で、ある程度自然に近い生活をしている田舎で働いていた。都会で働いていた医者達は黒色人種と白色人種との間でMongolismusの頻度の相違を見つけることができなかった。このことによってMongolismusの発生に対する文明的な生活状況が持つ意味合いが目に見えるものとなる。Koenigはそれゆえ「文明病」について語る。北アメリカに暮す黒人の中でもMongolismusは白人におけるのと同じ頻度で現れる。

 文明化された生活状況とMongolismusの登場との間にはどのような内的関係があるのだろうか。−子供が誕生前に、そしてまたその後も長く母親のみと親密なつながりを育てることが出来るのと同じように、人類発展の初期も母親的な−支えてくれるある要素のもとにある。Bachofenはこの時期彼が「母親の権利」と名づけたものがいかに重要であるかを強調する。ルドルフ シュタイナーはレムリア−アトランティス期における「女性的な魂の優勢」について語っている。歴史の発展の中で生活環境と社会的秩序から人間へと注ぎ込まれる母親的な−支えてくれる諸力は次第に弱くなる;しかし完全に排除されたのは、近代の生活状況によってである。私達がMongolismusの誕生にとって本質的であると認識した要素:母親的な力の断念がこのことによって人類的なレベルで意味を持ち始める。このことからも、なぜMongolismusが我々の時代に登場したのかを理解することが出来る。

 すでにLangdon Downは<Mongolismus>という命名によって古い時代への退行を性格付けようとした。その他の著者においても発展を終えていないという表象が繰り返し登場し、様々な形で表現された。Schuttleworth(1886,1909)は「未完成の子供」について語った。Geyer(1939)は「胎生時における発達障害」について語った。Engler(1949)はこうした子供達の「不完全さ」が「intrauterineな状態」を思い出させると繰り広げた。Ingall(1947)は発達障害の時期が妊娠2ヶ月目終わりであることを知った。Koenig(1959)Mongoloidの特徴と胎児の発達形態との多くの個別事項にまで至る比較によってMongoloidの子供が第八週末の胎児の人相学的な顔立ちをいつまでも留めているとした。成長は進むが、そのフォルムは本質的な顔立ちに残りつづける。彼は生物学に由来する<Neotenie>の概念と結びつけて、「人間存在の初期形状」という表現をもたらした。

 どの子供も「人間存在の初期形状」を私達に見せてくれる。しかしMongoloidの子供たちの中に通常では現れることのないもっと過去に遡る状態を見ることが出来る。この状態を私達だれもがかつて通って来たのだが、私達はこれを超えて成長したに過ぎない。ある意味で私達自身の過去を見ることになるのだ。

 このことは遥かな未来へと突進して、他方で過去についての広範囲な開示を可能にしている私達の時代に特徴的な姿である。シュリーマンのような人物と共に始まった考古学のおかげで過去の、歴史的、また有史以前の人類の状態を一瞥することが出来る。心理学は我々の意識の表面の下にかつての人類が持っていた意識状態に対応する魂の領域が存在することを教えてくれる。最初は見知らぬ感情のように見えていながら、深いつながりを感じてしまうような独特の興奮は過去からのそうした現れに基づく。そのことによって私達が獲得するものは基本的に一種の自己認識なのだ。Mongoloidの子供達を前にして−恐らくは最初の怪訝さの後で−姿を現す直接的な親近感はこれと全く同様のものである。過去が生きている、私達の周りを歩いている!我々が失ってしまい、新たな形で再び獲得しなくてはならないような人間の存在形式や可能性について過去とのふれあいが気づかせてくれるように、「人間存在の初期形状」との出会いは私達にとって類似の揺り動かされるような体験となるのである。

 Mongoloidの子供が多くの観点から胎生のある状態に留まっているということは、再びその発展を最後まで遂げられない母親的な力の衰えとの関連を持っている。流産(Fehlgeburt)への傾向はMongoloidの子供の母親における大抵2〜3週の早産と同じ方向を向いている。(胎生のある状態に留まっている−という意味で?)

 子供達はそれに応じて誕生に際して既に他の子供達よりも小さく軽い。彼らは理想的な赤ちゃんだ。いつも静かで満足げで夜の静けさを破ることもない。もっともしばしばある哺乳の弱さは労を要し、不完全な熱補正作用はたえず用心を要する。−一般的な発育遅延はまず動作における発育段階の遅延として現れる。1歳で初めて起き上がり、3歳で立ち上がり、歩き始める。その間に通常はいはいする段階があるのだがMongoloidの子供の場合には足を使う必要がない。彼らは座っているフロアを滑って周る「滑りっ子」(RutschlingKoenig)足の使用を横取りする傾向とその活動における鈍重さはMongoloidの子供が年端がいってからも「仏陀座り」と鈍重で大股になるような歩き方への偏愛にも示される。−当然ながら上述の時期については平均的なものであり、Mongolismusの程度による。

 子供の発育の根底をなす段階−歩行、言語、思考−に対応して言葉も5〜7歳と大変遅れ、生涯、未加工で不適応のままとなる。−思考と理解能力はついに暗示的にのみ発達する。とりわけ抽象的な概念を把握する可能性が欠如している。学習能力は記憶と繰り返しによって獲得できる内容に限られる。それゆえこの子供達はとても良く読み書きを学ぶ;しかし計算は−最も初歩的なものでさえも−ほぼ不可能である。

 よい記憶は強く発達した模倣能力と相俟って適切な学校においては授業への参加を可能にする;そしてこのことは更なる発達、とりわけ後の成人としての生活にとって最大の意味を持っている。

 生物学的な発達は基本的に思春期で終わる。この時期すでに彼らには早期の老化が始まる。9歳で既に目の中のStarbildungが起こることがある。20歳で白髪が始まる。「遅れた子供から早まった老人が生まれた」(Koenig)。本来の地上的な働きの時期である中年期は広範囲にわたって脱落する。

 こうして新しい人生内容を受容する可能性も思春期をもって事実上終わる。しかし子供達が7〜14歳の本来の就学年齢のあいだ例えばメルヒェンや伝説、歴史という形で意味深い内容から獲得する事柄については彼らにとって後の人生の魂の財宝として留まりつづける。そしてこのことによって思春期の後も愚鈍で刺激のない黄昏たものでなく、満たされた人生を送ることを可能にする。30年代の教科書にはMongoloidの75%が思春期前に、そして25歳までに90%が死亡すると書かれている。幸いこのことがもはや該当しない今日、問われるのは、より良い身体上の世話よりも、以前には目的なく行われてきた授業への努力である。そのことによって成長するMongoloidに魂の内容を与えることが出来るのであり、延ばされた人生の中で彼らがその本来の存在として姿を意義深く現すことを可能にするのである。こうして教育上の努力が持つ決定的な治療的効果が目に見えるものとなる

 彼らは年を重ね素晴らしい人間性や、更にある種の尊厳を発展させることがある。ある50代のMongoloidの男性は形式と礼儀作法に対する非常に強い感覚を持っていた。彼は誠実に子供達や、また大人達に対してまでもそのテーブルマナーを気遣っていた。ある時彼は昼食の最中に急性感染(akuten Infekt)による差し迫った衰弱を伴う貧血(Kreislaufschwaeche)を起こしたが、緑や黄色に顔色を変えながらも動こうとはせず、食事が終わる前に部屋を出ようとしなかった。いつも昼食を終える合図となっている「祝福された食事」を食事の途中で皆で唱えることを誰かが思いついたことで、やっと彼は部屋を飛び出して横になった。形式感覚を振り捨てるくらいなら椅子から崩れ落ちたほうが彼にとってはましなのである。

 ユーモアもおざなりというわけではない。−学校の庭を行く、とある品格を備えた見知らぬ侵入者にそこで働くMongoloidの青年は「今晩は牧師様」と挨拶をしたのだった。それが意図された冗談だったかどうかはわからないが。−しばしば驚くような機知にびっくりさせられる。30歳くらいのMongoloidが<Freude,schoener Goetterfunken>のメロディーをハーモニカで流暢に吹いた。他の曲は吹けなかったが、彼は「何でも」吹けると言い張った。そこを突かれて<Der Mai ist gekommen>を吹くよう求められたときには、「いまは5月じゃない!」とすぐに答えた:

 Mongolismusは我々の時代に始めて登場したという意味では近代的な現象である。しかしそれが今日の時代傾向をもっていないという点においては現代的ではない。それは単なる対立物(Gegenbild)以上の働きを持ち、そのことで再び全く時代に見合っているといえる!こうした観点をKoenigは繰り返し強調していた。技術と予定表、知性とセックスそして我々の時代のその他の特徴もMongoloidのためには存在していない。しかしその代わり、彼らには信頼と愛情、ユーモアと奉仕をそうしたものを欠いた世界にもたらす−そしてこうしたものを回りの人々の中にも呼び覚ます。彼らはその存在と振る舞いを通して教育において他の子供達、とりわけ正反対の方向への発達障害へと向かう子供達へのひとつの助けとなる。子供の発達障害を全く一般的に二つの正反対の方向を持つものに分けることが出来る。そのひとつは子供が今日の発達段階に至らない存在形式に留まっているものであり、もう一方は今日の時代傾向を通り越し、歪んだ形である未来の現れを先取りするものである。Mongolismusは最初の方向に属し、既に見たように自閉症があとの方向に属する。